調査:ベトナム 01

ハノイ、ホーチミン

2015.12.13 - 12.20

SEAプロジェクト6か国目の調査先は、ベトナムでした。一般的に――特に欧米の文脈で――「ベトナム戦争」を連想せずしてこの国について語ることはできません。しかし、「ベトナム戦争」として知られているこの戦争も、ベトナム国内では皮肉にも「アメリカ戦争」と呼ばれています。以前は北と南に分断され、それぞれに社会と文化が発展したために、多くの人々はいまだに「別々の国」という印象を持っています。 ハノイ、そしてホーチミンを訪問したキュレトリアル・チームは、そのふたつの「国」の特徴に触れ、作家やギャラリストからベトナム現代美術のこれまでの経緯について学びました。

  • マーヴ・エスピナ
  • 荒木 夏実
  • 片岡 真実
  • 米田 尚輝

ニャサン・コレクティヴ

2015.12.14

荒木 夏実

アーティストのトゥワン・マミ(Tuan Mami、1981-)とグェン・フォン・リン(Nguyen Phuong Lin、1985-)らによって2013年に活動を開始したニャサン・コレクティヴ(Nha San Collective)は、前衛芸術の実験場であったニャサン・スタジオ(Nha San Studio)の精神を受け継いでいます。若手作家の支援、視覚芸術の観客の拡大、国内外の文化交流、ベトナムにおける創造的活動の振興を目的に掲げ、展覧会や人的交流、教育活動を行っています。特定のスペースを持たずに拠点を転々と移動してきましたが、2015年8月からハノイの新しい商業ビルであるクリエイティブ・シティ(Creative City)に文化機関誘致のための優遇措置を受け、賃料なしで入居しています。運営はボランティアによって行われ、活動資金は寄付や入場料、作品やグッズの販売、プロジェクト毎のスポンサーシップなどから得ています。アーティストを中心とした若々しい力を感じさせるこのグループは、ハノイの新たなカルチャー発信の場として注目されています。

ハノイ・ドックラボ

2015.12.14

荒木 夏実

ハノイ・ドックラボ(Hanoi DOCLAB)は、2009年にアーティストのグェン・チン・ティ(Nguyen Trinh Thi、1973-)により創設された映像芸術のための機関で、ハノイのゲーテ・インスティテュート内のスペースを拠点としています。アメリカでジャーナリズムや国際関係を学んだグェン・チン・ティの視点を反映し、ドキュメンタリーを中心とした映像制作の教育機関として、ベトナムにおいて重要な役割を果たしています。映像機器の貸し出し、技術を学ぶワークショップ、海外作家を招いたレクチャーやスクリーニングなど、各種の活動が行われています。また併設する図書室には古典映画から現代ドキュメンタリー、実験映画、ヴィデオアートなどの資料があります。若手のベトナム人アーティストのドキュメンタリーや映画を発表するミニ・ドックフェスト(Mini DocFest)というフェスティバルが2012年より毎年開催され、好評を得ています。ドックラボで学んだ人たちによって制作された映像は、2013年の第5回恵比寿映像祭でも上映されました。インタビューをしたドックラボのメンバーの教育のバックグラウンドは、IT関係、コミュニケーション、国際学など様々で、幅広い層の若者の関心を集めている場所であることが感じられました。

チャン・ルーン (1960 -)

2015.12.15

米田 尚輝

ハノイを基盤にして多数の国際展にも参加するベトナムを代表するアーティスト。ベトナムの若手アーティスト育成のためにキュレーターとしても積極的に活動しています。チャン・ルーン(Tran Luong)は1983年に美術予備校時代の友人とアーティストグループのギャング・オブ・ファイヴ(Gang of Five、1983-1996)を結成しました。グループで活動を始めたのは、ハノイ美術大学(Hanoi Fine Arts University)の教育が退屈に感じられたのと、ベトナム政府による芸術支援の意識が希薄だったためだと言います。その活動内容は検閲の眼に晒されてはいたものの、次第に香港やアムステルダムなど海外でも展示を行うようになり、グループは活動の幅を広げていきました。こうした海外での経験に加えて、90年代初頭からハノイ美術大学で教鞭をとり始めたドイツ人のヴェロニカ・ラデュロヴィック(Veronika Radulovic)が同時代のドイツのアートの動向をベトナムへ紹介してくれたことによって、パフォーマンスという当時としては新しい表現方法を吸収していったそうです。ギャング・オブ・ファイヴ解散後も個人で活動するチャン・ルーンの近年の関心事は、アートから疎外されたコミュニティに対していかにアプローチするかにあると語ってくれました。

サロン・ナターシャ

2015.12.15

米田 尚輝

1990年にロシア出身のナターリア・クラエフスカヤ(Natalia Kraevskaia、1952-)によって設立されたオルタナティヴスペース。夫はベトナムの有名なアーティストであるヴ・ザン・タン(Vu Dan Tan、1946-2009)です。彼は造形美術だけでなく音楽にも造詣が深く、作曲およびピアノによる演奏も行っており、そのレコードはいまでも残されています。ヴ・ザン・タンの生前はスタジオも兼ねていましたが、アーティストや知識人たちが集ったり、若いアーティストが実験的な作品を展示したりする場所でもありました。スペースを開いた90年代初頭、サロン・ナターシャ(Salon Natasha)は検閲に脅かされることなく展示することができるベトナムでは例外的なスペースで、数多くの展覧会やアートプロジェクトを実現してきました。1990年以降のハノイのアートを物語る重要な場所のひとつであり、ナターリア・クラエフスカヤはここで開催された展覧会やイベントの膨大な記録を写真として残してきました。このサロン・ナターシャのアーカイヴの一部は、アジア・アート・アーカイヴ(Asia Art Archive)のサイトで見ることができます。

ニャサン・スタジオ

2015.12.15

米田 尚輝

アーティストのグェン・マイン・ドゥック(Nguyen Mạnh Duc、1976-)とアーティスト/キュレーターのチャン・ルーンによって1998年に設立されたハノイのオルタナティヴスペースで、グェン・マイン・ドゥックの自宅でもあります。設立した当時にベトナムで興隆していたインスタレーションやヴィデオアートはもちろん、サウンドアートやパフォーマンスといった実験的な試みのほか、レクチャーやワークショップも行われてきました。設立当初に集ったアーティストには、共同設立者のチャン・ルーンのほか、今日では国際的に活躍しているチュオン・タン(Truong Tan、1963-)もいましたが、2011年には当局の圧力によってスペースの閉鎖を余儀なくされます。しかしながら、2013年にはニャサン・スタジオの精神を受け継ぐ、より若い世代のアーティストによってニャサン・コレクティヴが結成され、2015年までは恒常的な展示スペースを持たずに場所を転々としながら、その活動は続けられています。主要メンバーの中には、グェン・マイン・ドゥックの娘であるアーティストのグェン・フォン・リン(Nguyen Phuong Linh)も含まれています。

ドムドム

2015.12.16

荒木 夏実

ドムドムは、アーティストで作曲家のチャン・ティ・キム・ゴック(Tran Thi Kim Ngoc)により、ベトナム初の実験的音楽活動のためのNGOとして2012年に設立されました。キム・ゴックはハノイ音楽学校(Hanoi Conservatory of Music)で学んでいた頃から視覚的イメージを音とともに表現することに興味をもち、2002年20歳の時、既にきわめて実験的なパフォーマンスをニャサン・スタジオで行っています。その後ドイツで作曲と即興を学び、ピナ・バウシュ(Pina Bausch)などの影響を受け、舞台デザイン、作曲、照明全てを自分で手がけるパフォーマンスを行いました。音楽という分野にとどまらず、視覚芸術や舞台芸術にまたがる総合的な表現を追求する彼女は、世界各地で多様な作品を発表しています。2016年2月には国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016 (Performing Arts Meeting in Yokohama 2016; TPAM 2016)参加のため来日し、自身が芸術監督を務める実験的な音楽やミックスメディアアートに特化したハノイ・ニュー・ミュージック・フェスティバル(Hanoi New Music Festival)について発表しています。

アート・レイバー

2015.12.18

片岡 真実

ベルリン出身のファン・タオ・グィン(Phan Thao Nguyen)、シカゴ出身のアーレット・クィン=アン・チャン(Arlette Quynh Anh Tran)、ホーチミン出身のチャン・コン・トゥン(Troung Cong Tung)が、サン・アート(San Art)のレジデンスを終えて2012年末に結成したコレクティヴで、アート、社会、生活科学の領域を横断した活動をしています。自分の感情やアイディアを表現するのではなく、リサーチに基づく調査や知識に則った問題解決に関心が高く、スタジオでの製作ではなく異なる環境でアートや展覧会を作る活動を目指しています。彼らの活動はいわゆる「現代美術」の形式を超え、文化人類学、歴史、医学、宗教などにまたがっており、その研究成果も、病院での子供向けワークショップ、書籍の出版など、従来の展覧会での発表に限定されません。取材の際には、近年のプロジェクトとして、アーティストブックとしても刊行した「Unconditional Belief」(2012-2014)、「Jarai Dew」などについて話してくれました。

ギャラリー・クィン

片岡 真実

2003年にホーチミン市にオープンした国内外の現代アーティストを数多くあつかう現代美術ギャラリー。代表でディレクターのクィン・ファム(Quynh Pham)はベトナム戦争末期に難民として渡米し、カリフォルニアで美術史や批評を学んだ後、1997年にベトナムに帰国。母国の美術をグローバルな文脈や市場に位置付けるため多角的な試みを行ってきました。訪問時には、「1972-2015: Works by Hoang Duong Cam and Trong Gia Nguyen」の2人展を開催中でした。ホーチミンに生まれたチョン・ジャー・グィン(Trong Gia Nguyen)は、現在はブルックリンとホーチミン市を拠点に活動していますが、展示中の作品では、ホーチミン(旧サイゴン)の風景、アメリカのアイコニックな風景、アメリカン・ドリームなどをコンセプチュアルに融合していました。ホアン・ズオン・カム(Hoang Duong Cam)は、自分が生まれる前の1972年、ベトナム和平協定の直前に大きな北爆があった年のイメージをインターネットから選び、一度、ピンホールカメラを通してイメージを曖昧にし、そこに地図などを重ね合わせて、記憶の継続や物語化の困難さを伝えていました。

サン・アート

2015.12.18

片岡 真実

サン・アートは、ベトナム人で国際的に最も注目されているアーティストのひとり、ディン・Q・レ(Dinh Q. Le、1968-)など数名のアーティストによって、2007年に創設された非営利団体。ゾーイ・バット(Zoe Butt)がエグゼクティブディレクターとして企画とプロデュースを行っています。ベトナムのアートシーンやアーティストを国際的なプラットホームに位置付ける一方で、国内のコミュニティ育成のためのレジデンスプログラム、展示、ディスカッション、教育プログラムなど、幅広い活動を繰り広げ、ベトナム国内で国際的に最も強い存在感を放っています。オフィスがあるビルにはレジデンスアーティスト用のスタジオがあり、彼らの滞在場所は別棟にあります(レジデンスは2016年5月から閉鎖中)。リーディングルームは、海外のキュレーターが訪問した際に使用されることもあり、我々の訪問時にも場所を借りて6名ほどのプレゼンを受けることができました。さらに、アーティスト・イン・レジデンスの成果展「Laboratory Session 7」をサイゴン・ドメイン(Saigon Domain)で見ることができ――この展覧会は開催の「許可」が下りておらず一般公開を妨げられていたのですが――、外部スペースを積極的に活用しながらキュレーションや展覧会制作も行っているサン・アートの姿勢を確認できました。

Special Thanks

アーレット・クィン=アン・チャン | Arlette Quynh-Anh Tran
ウダム・チャン・グィン | UuDam Tran Nguyen
ヴー・キム・トゥ | Vu Kim Th
ヴー・ニャッ・タン | Vu Nhat Tan
カン・ラム | Quang Lam
ギャビー・ミラー | Gabby Miller
グィン・ウエン・ミン | Nguyen Uyen Minh
グィン・キム・トー・ラン | Nguyen Kim To Lan
グィン・タン・チュック | Nguyen Thanh Truc
グィン・ニュー・フイ | Nguyen Nhu Huy
クィン・ファム | Quynh Pham
グィン・マン・フン | Nguyen Manh Hung
グェン・ヴァン・クォン | Nguyen Van Cuong
グェン・クァン・フイ | Nguyen Quang Huy
グェン・クォック・タイン| Nguyen Quoc Thanh
グェン・タイ・ホア | Nguyen Thai Hoa
グェン・ドゥック・クァン | Nguyen Duc Quang
グェン・トゥワン・アイン | Nguyen Tuan Anh
グェン・マイン・ドゥック | Nguyen Manh Duc
グェン・ミン・フック | Nguyen Minh Phuoc
スザン・レヒト | Suzanne Lecht
セリーヌ・アレクサンダー | Celine Alexandre
ソネックス | Son X
ゾーイ・バット | Zoe Butt
ダオ・アイン・カイン | Dao Anh Khanh
ダン・スアン・ホア | Dang Xuan Hoa
チャ・グィン | Tra Nguyen
チャム・ヴー | Tram Vu
チャン・グィン・チュン・ティン | Tran Nguyen Trung Tin
チャン・タン・ハ | Tran Thanh Ha
チャン・ティ・キム・ゴック | Tran Thi Kim Ngoc

チャン・ドゥック・ナム | Tran Duc Nam
チャン・ミン・ドゥック | Tran Minh Duc
チャン・ルーン | Tran Luong
チュン・コン・トゥン | Trung Cong Tung
チョン・ジャー・グィン | Trong Gia Nguyen
チョン・ミン・クィ | Truong Minh Quy
ティファニー・チュン | Tiffany Chung
ディン・Q・レ | Dinh Q Le
ディン・ティ・タン・ポン | Dinh Thi Than Poong
トゥワン・アンドリュー・グエン | Tuan Andrew Nguyen
ド・ハ・タイ | Do Ha Thai
ナターリア・クラエフスカヤ | Natalia Kraevskaia
ニョック・ナウ|Ngoc Nau
ハ・チ・ヒュ | Ha Tri Hieu
ビル・グェン|Bill Nguyen
ファン・カン | Phan Quang
ブイ・コン・カーン | Bui Cong Khanh
ブイ・ティ・タイン・マイ | Bui Thi Thanh Mai
ホアン・ズオン・カム | Hoang Duong Cam
ホアン・ナム・ヴィエット | Hoang Nam Viet
ホン・ヴィエット・ドン | Hong Viet Dong
ライ・デュ・ハ | Lai Dieu Ha
ライヤー・ベン(ファン・ミン・トゥワン) |
Liar Ben (Phan Minh Tuan)
リー・ホアン・リー | Ly Hoang Ly
リチャード・ストレイトマター=チャン | Richard Streitmatter-Tran
レ・ザン | Le Giang
レ・タイン・ウエン | Le Thanh Uyen
レ・ブラザーズ[レ・ドゥック・ハイ&レ・ニョック・タン] |
Le Brothers [Le Duc Hai & Le Ngoc Thanh]
レ・ホアン・ビック・フォン | Le Hoang Bich Phuong
レナ・ブイ | Lena Bui

Research