調査:マレーシア 01

コタキナバル、クアラルンプール

2015.02.06 - 02.11

マレーシアの調査では、異なる環境を持つコタキナバルとクアラルンプールの2都市を訪問しました。コタキナバルは東南アジア最大面積を持つ島であるボルネオ島の北部に位置しており、ブルネイからは約200km、豊かな自然環境のなかで多数の少数民族が暮らしています。高層ビルが立ち並ぶ首都クアラルンプールは、人口約160万人を有し、高速道路や鉄道も発達しています。
多数の民族により構成されているマレーシアで異なる環境の2都市を訪れ、改めて東南アジア地域の多様性を感じました。

  • 熊倉 晴子
  • 片岡 真実
  • 米田 尚輝

イー・イラン (1971 –)

2015.02.06

片岡 真実

イー・イラン(Yee I-Lann)は、1971年にサバ州コタキナバルで生まれ、高校から大学にかけては豪州アデレードで過ごしました。現在はクアラルンプール在住ですが、年間のうち数ヶ月をコタキナバルで過ごしています。首都クアラルンプールがマレー半島南部にあるのに対し、ボルネオ島北部のコタキナバルはマレーシア第二の都市ですが、国家としての「マレーシア」の枠組みのなかでは、ボルネオ島側、東部マレーシアの存在感が希薄なことから、イー・イランは、サバ州のアイデンティティを力強く発言しているアーティストとして知られています。
2013年のシンガポール・ビエンナーレにはキュレーターのひとりとして参加。先住民の実践、テキスタイル、パンクロック・シーンなど従来の「近現代美術」の枠にはまらない表現を積極的に世に送り出しています。

サバ・アートギャラリー
「マフィリンドであること」展

2015.02.07

片岡 真実

1984年に開館したサバ州立の美術館。サバ文化諮問機関(Sabah Cultural Board)が管轄しています。地元のアーティストによる絵画、彫刻、工芸など3000点を収蔵しながら、企画展も開催します。
訪問したのは、国際交流基金の若手キュレーター・ワークショップの成果展として開催されたハロルド・イーガンのキュレーションによる企画展。タイトルに使われた「マフィリンド」 (MAPHILINDO)はとても魅力的な概念です。戦後、それぞれの宗主国から独立したマレーシア、フィリピン、インドネシアの間で協議された連合体構想で、マレー人種を一つにするというホセ・リサール(1861-1896)の夢の実現として提案されました。1963年にマレーシアが成立したことでマフィリンド構想は崩壊しましたが、今回の展覧会はその可能性を改めて問う興味深いものでした。サバ、フィリピン、そして日本からは加藤翼がレジデンスをとおして参加。地元のアーティストやコミュニティと一緒に良い作品を作っていました。

パンクロック・スゥラップ

2015.02.07

片岡 真実

ラナウを拠点に活動するアーティスト・コレクティヴ。Pangrokは音楽でいうパンクロックを意味しており、音楽や木版画などのメディアでメンバーは繋がっています。2010年にコミュニティ・プロジェクトとして始めたもので、アートをやりたかったけれど、どのようなメディアなら一般の人たちとシェアできるのかを模索した結果、木版画が選ばれました。インドネシアのジャカルタから来た「マージナル」(Marginal)というグループから、ジョグジャカルタを拠点にする木版画グループ「タリンパディ」(Taring Padi)を紹介され、影響を受けたそうです。
展覧会テーマの「マフィリンド」に対しては、想像上のマフィリンドの地図、大統領のイメージを描きつつ、マレーシア、フィリピン、インドネシアのいずれでも日常的に使われているゴザを使って、表に「UNITY」「RELIGION」「SHARING」「CULTURE」「IDENTITY」といった理想的な言葉を、その裏側に社会の現状を象徴したイメージを、それぞれ木版画にして出品していました。地図の作品では、天然資源の共有、教育制度の拡充など、若い世代からのメッセージが盛り込まれていました。

センター・フォー・アーツ&デザイン

2015.02.07

片岡 真実

2014年にスチュン・チョン(Suchung Chong)が創設したセンター・フォー・アーツ&デザイン(Centerfor Arts & Design)は、2010年にオーストラリアで情報システムを学んだスチュン・チョンが帰国し、写真プリント工房として始めたそうです。ギャラリー・スペースを併設し、カフェや自分たちのスタジオなどで展示をしているサバの若いコレクティヴの活動とは異なるかたちで、プレゼンテーションについても高い質を求めているとのこと。サバ州を中心にマレーシアのアーティストの展覧会を開催しています。
当日、展覧会をしていたのはアドリアン・ホー(Adrian Ho)。シンガポール・ビエンナーレ2013の参加作家でもあり、展示作品《神々の山》(Mountain of the Gods)は、山岳信仰をもとにキナバル山を描いたもの。環境問題にも批評的な立場をとっている。その他、ナイーブ・アートの絵画を描いてきたアワン・ファディラ・ビン・アリ・フセイン(Awan Fadilah Bin Ali Hussein、1972-)、先住民をモチーフにした写真シリーズなどを制作するトゥアン・ヨン(Tuang Young)、同じくサバの伝統や先住民族など撮影しているフラナガン・バイノン(Flanagan Bainon)などのアーティストにも会うことができました。

クラッコ・アート・グループ

2015.02.07

片岡 真実

クラッコ・アート・グループ(Cracko Art Gorup) は、アーティストのクラッコ・ブラバック(Cracko Blabak)を中心に、グラフィティ、ストリート・アート、タトゥー、写真、コミック系のアーティストが集まるコレクティヴ。中心メンバーは10人程で、商業的、ツーリズム的なことをやらないという方向性に共感したアーティストが集まり、2010年に発足しました。
クラッコ・ブラバックは、「自分自身のアイデンティティを考えても、中国、デュスン、カリマンタンなど、多くの種族や宗教が同居している。西マレーシアでは普通は中国、マレー、インドという分類だけど、ボルネオでは、もっと複雑な文化的文脈があるんだ」と言います。また、サバ州、コタキナバルからの発信にも意義を感じていて、Facebookなどのソーシャル・メディアがその可能性を急速に広げているようです。首都のクアラルンプールを経由することなく、サバ州から直接世界と繋がることができるようになったと言います。未来への希望を感じるエネルギーに溢れていました。

ルマ・エア・パナス

2015.02.08

米田 尚輝

文字通りには「熱湯の家」(House of Hot Water)を意味するルマ・エア・パナス(Rumah Air Panas)は、温泉で有名なセタパッ地区でインディペンデントアートスペースとして活動を始めました。1997年から2006年までアーティストのスタジオと展示会場として機能していましたが、いまでは決まった場所を持たないアーティスト・コレクティヴとして活動を継続しています。メンバーの各々が作品制作を継続的に行う一方、自分たちの活動を支えるスペースそのものの運営にも力を入れています。メンバーには、第2回福岡アジア美術トリエンナーレ(2002)にも参加しているチュア・チョンヨン(Chuah Chong Yong、1972-)らがいます。その中のひとり、アーティストのヤップ・ソー・ビン(Yap Sau Bin)は、展覧会やトークイベントを開催することで社会的・政治的な問題提起を促すプラットフォームになることを心がけていると言います。特筆すべきは、彼らがコミュニティへの参加ないしは社会への参加を重要な指針のひとつとして掲げていることで、美術館の外で行われるソーシャリー・エンゲージド・アート(Socially Engaged Art)は教育プログラムとしての側面もあるという点にきわめて意識的に活動しています。

HOMアートトランス

2015.02.09

米田 尚輝

HOMアートトランス(HOM Art Trans)は、マレーシアのヴィジュアルアートの発展を支援すること、そして東南アジア諸国のアーティストのあいだでのネットワークの構築を目的としたインディペンデントのアートスペースです。現在はアーティストのバユ・ウトモ・ラジキン(Bayu Utomo Radjikin、1969-)がディレクターを務め、ギャラリー、スタジオ、アーカイヴの機能を備えています。バユ・ウトモ・ラジキンは1989年にMARA工科大学(Universiti Teknologi MARA)の友人たちとアーティスト・コレクティヴ、マタハティ(Matahati)を結成します(2012年解散)。1990年代にはエマージングアーティストが作品を発表する機会が少なかったことを懸念して、マタハティが中心となって2007年にこのスペースを立ち上げた、とバユ・ウトモ・ラジキンは言います。レジデンシープログラムでは国内外の作家を積極的に招聘している一方で、「Malaysia Emerging Artist Award」や「Young Guns」 といったアワードも設けており、アートシーンの活性化に重要な役割を果たしています。

ファイヴ・アーツ・センター

2015.02.09

米田 尚輝

ファイヴ・アーツ・センター(Five Arts Centre)は、劇作家のチン・サン・スーイ(Chin San Sooi)、劇作家のクリシェン・ジット(Krishen Jit、-2005)、ダンサーでコレオグラファーのマリオン・ドゥ・クルーズ(Marion D'Cruz )らによって1984年に 設立されたカンパニーで、アーティストとプロデューサーのコレクティヴでもあります。メンバーの入れ替わりを経て現在は14名のメンバーで構成されていますが、設立当初のメンバーで残っているのはマリオン・ドゥ・クルーズのみです。彼女によれば、舞台芸術にとって言語は切り離すことができない要素ですが、設立当初、多言語国家マレーシアでは英語圏の舞台芸術といえば古典的な作品しか上演されておらず、こうした状況でマレー語による独自の舞台芸術を積極的に推し進めることが課題であったと言います。コレクティヴの活動の視野に含まれているのは、演劇、ダンス、音楽、ヴィジュアルアート、児童劇などです。

ウォン・ホイ・チョン (1960 –)

2015.02.09

米田 尚輝

ウォン・ホイ・チョン(Wong Hoy Cheong)は、1960年ペナン島生まれクアラルンプール在住のもっとも政治的意識が高いアーティストのひとりで、マレーシアの植民地としての歴史や現代マレーシアの社会的・政治的問題に対してアプローチしています。しかしここ数年間は、ヴィジュアルアートからは距離をとり、マレーシアでは問題意識が希薄であったアーカイヴ活動に従事しているとのことです。こうした活動の傍らで、ウォンはいかにして政治的問題をコミュニティに浸透させるかに関心を寄せ、近年のプロジェクトでは政治的問題を芸術と文化のひとつの指標にすることを目指しています。例えば「Rage, Hope & Love: Working with Communities & Housing」という最近のプロジェクトでは、老朽化した集合住宅に暮らす人々に様々なかたちで働きかけ、彼らの生活を改善して活性化することを試みています。こうしたコミュニティプロジェクトは象徴的なものというよりポリシーとなり、そこでアートはおそらく社会的には象徴的アクションになるのではないか、と語ってくれました。

国立ヴィジュアルアーツギャラリー(NVAG)

2015.02.09

米田 尚輝

1958年に開館したクアラルンプール北部に位置する国立ヴィジュアルアーツギャラリー(National Visual Arts Gallery)は、マレーシア国内でもっとも歴史と権威をもった美術施設のひとつです。マレーシアの作家を中心としつつ、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米等、国外作家の作品も収集しています。NVAGはそれらを展示するだけでなく売却も行っており、こうすることで、マレーシア国内の美術活動を活性化することができると考えているようです。また、こうしたマレーシアの美術活性化の一環として、1974年に初めて開催されたNVAG主催の「The Young Contemporaries Award」は、20歳から40歳までのアーティストを対象とし、公募形式によって選抜されるアートアワードです。厳正な審査で選抜されたアーティストの多くは、今日ではマレーシア国内および国際的にも確固たる評価を得て活躍しています。

Special Thanks

アダム・キティンガン | Adam Kitingan
アドリアン・ホー | Adrian Ho
アニュレンドラ・ジャガディヴァ | Anurendra Jegadeva
アワン・ファディア・ビン・アリ・フセイン |
Awang Fadiah Bin Ali Hussein
イー・イラン | Yee I-Lann
イセ(ロスリシャム・イスマイル) | Ise (Roslisham Ismail)
ウォン・ホイチョン | Wong Hoy Cheong
エレノア・ゴロー | Eleanor Goroh
クラッコ・アート・グループ | Cracko Art Group
クラッコ・ブラバック | Cracko Blabak
シューシー・スレイマン | Shooshie Sulaiman
スー・チュンチョン | Su Chung Chong
タン・フイ・クーン | Tan Hui Koon

チャン・ヨンチア | Chang Yoong Chia
チョン・カム・コウ | Choong Kam Kow
トゥアン・ヨン | Tuang Young
バユ・ウトモ・ラドジキン | Bayu Utomo Radjikin
ハロルド・イーガン | Harold Eagan
ビバリー・ヨン | Beverly Yong
ピュアン・チャイ・メン | Phuan Thai Meng
プーディエン | Poodien
フラネガン・バイモン | Flanegan Baimon
マリオン・デクルーズ | Marion D'Cruz
ヤップ・ソー・ビン | Yap Sau Bin
レイチェル・ウン | Rachel Ng

Research